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気がつけば元の山頂に立っていたセシルは背後を振り向いた。
固く閉ざされた祠の扉は開いた形跡もなく、時間と風に弄ばれるままに錆びついて、とても来訪者を受け入れたとは思えない佇まいであった。何よりも、先ほどまで立っていた空間のあの広さがこの祠の中に存在するとは思えない。
「オイラ達、あん中にいたんだよな? ん~…ま、いっか! あんちゃんは聖騎士になれたし、めでたしめでたし、これでミシディアに凱旋できるぜ!」
「長老のおっしゃっていた通り、聖騎士になれたる方がいたなんて、驚きですわ。おめでとうございます、セシルさん。そのお姿、とてもステキですわ」
ポロムの言葉に照れ臭そうに笑ったセシルではあったが、はやり古びた祠の事が気になる。厳しいけれどもどこか暖かく、懐かしい雰囲気はいつ感じたものだろう。思い出せない事が、もどかしい。自分は確かにあの声を、気配を知っているはずなのに。
「メテオを覚えたワシと聖騎士が力を合わせれば、怖いものなしじゃな」
「おまけにこの天才児パロム様がいるからな!」
テラが重くうなずくと、大人の都合などまったく関係のないパロムが便乗して顔を出す。
「また、あんたって人は…!」
神秘的とも言うべき体験をしたにも関わらず、臆した風もない弟の減らず口を聞いたポロムがたしなめる為に、逃げるパロムを追いかける。まだ煮え切らないセシルを置いて、子供特有のすばしっこさを持つ彼らは転がるように山を降りて行ってしまった。
「往くぞ、セシル。敵はバロン城にいると分かっておるのじゃ、アンナの仇を取らずしてなんとする。いつまでもここでぼさっとしている暇はない。ほれ、子供達は先に行ってしもうたわい」
「うん…、そう、だね」
まだ後ろ髪を引かれながら、セシルは祠に背を向けて歩き出す。あの声は一体何だったのだろう。何かを知っている、あれは誰なのか…。更なる悲しみに包まれるとは、一体…。
立ち去る一向の気配を感じながら、小さく閉じてゆく意識の中、謎の声=クルーヤはどこか安堵していた。
セシルが己自身に打ち勝った事に対する喜びの他に彼にはもう一つ、暗黒騎士から聖騎士になれた事に対する嬉しさも感じている。父としてセシルを抱くことすらできなかった自分が最後にしてやれる事は、これから彼が歩むべき将来を憂いての開放だった。
『あのような無粋な兜で顔を覆うのではなく、顔を晒し、堂々と生きるが良い、セシル』
唯一つ、心残りを伝えられなかった残念さも僅かに感じながら、クルーヤの意識は力尽き、再び深い眠りへと落ちてゆく。
『試練に打ち勝ち私の血を継ぐ者と証明した我が息子よ、しかしそれは未来を決定着ける事に他ならぬ。我ら一族に与えられた時間は短く、現実は無慈悲に忍び寄る。聖騎士となった事で二度とは戻れぬ悲しみと向かい会う事となろうが、今はまだ、いや、今のうちにその姿を十分に謳歌するがいい。望むべきは、妻の血が濃くおまえに現れてくれる事のみ…そうでなければ長き友との別れの時間までいくばくもない。光の加護を受けると同時に失う物に悔いを残さぬよう、今のうちにその豊かな髪を風になびかせ、前を向いて歩むがいい……』