[PR]
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
セシルと目が合うとリディアはやっぱりそっと顔を背けてしまう。
仕方が無い、あれだけの事をしたのだからと諦めていた。
暗黒の力を体現したこの姿を見れば、悪夢のような光景を嫌でも思い出すだろう。
負い目や償いという意味ではなく、純粋な意味で幼い少女の笑顔を見たいと思っても、彼女の心を傷つけた咎人である自分には叶わない夢だった。
が、事情を知っていてもやはり気になるのだろう。他人の心境を敏感に感じ取る能力が非常に高いギルバートはリディアの様子に気づいたようで、セシルに話しかけてきた。
「君達の間に何もなかったとしても、ちいさな女の子から見ればセシルの格好は威圧感を与えてしまうからね」
「しかし…君達を守る為にも、この格好をやめる訳にもいかない。君達に攻撃が届かないように僕が前衛に立つには、この装備は必要だ」
「そうだね、僕もリディアもセシルには感謝してるんだ。でもせめて、兜のツノだけでも何とかならないかな? 甲冑の色はどうしようもないから、できるだけ怖い部分を排除したらどうだろう。見た所、その部分は取り外しできるみたいだし」
うなずいたセシルは兜のツノに手をかけた。軽く手をひねると同時にぱきんと小さな音が響き、極太の棘のようなツノがセシルの手の中に収められた。
「うん、フォルムが丸みを帯びて、前より良くなった。この調子で兜の角を全部外してごらんよ」
「…でもこれは…ないと困るんだ。僕としてもこれを外した方が通気孔ができて涼しいんだけれど」
「無防備なその穴を弓矢で狙うにしてはあまりにも小さな的だし……重心が変わってバランスが取れないとか?」
「いや違う。これはただの飾りじゃないから、なくしたら困るんだ」
不思議そうに首を傾げるギルバートの前で、セシルは角を持ち直すと黒光りする先端を自分の首の辺りへ押し当てた。鋭く尖った先端は甲冑と甲冑の継ぎ目へと潜り込み、鎧の下に着込んでいるぴったりとしたスーツの布越しにセシルの素肌に到達している。
「ほら、僕は指先まで甲冑で覆われてるから、指が入っていないだろう? おまけにこの鎧は簡単に脱げないから、かゆくなった時なんかにはこうやって掻くんだよ。角の一本一本の太さと角度が微妙に違うのは、鎧のパーツの隙間の角度に合わせてそれぞれ背中用や膝の裏用なんかがあるからなんだ。角を外した所に穴が空くのは頭がかゆくなった時用。割と蒸れるんだ、この鎧」
「うーん、荷物袋の中にしまっておくのは嫌かな?」
「荷物として持ってると、必要な時にすぐ見つからないんだよね。ほら、普段使わないアイテムを珍しく使おうと思ったら、カーソルでずーっとスクロールさせなちゃいけなくって、それでもすぐに見つからない事ってあるだろう? 焦るあまりに間違ったアイテムを使って、うわあ!って言ってしまったり。急いでいるのに、急いでるからこそ苛々も募る。痒い時って本当に我慢できないからね」
そんな会話を遠くから聞いていたリディアは、ゴツすぎる位ゴツイ暗黒騎士の鎧の中身が想像以上に血の通った、あまりにもベタな人間であると知り、かゆいのにも関わらず、なぜかクモの糸なんかを握っているセシルが頭に浮かんだ。
かゆいのに、体が思うように動かなくて七転八倒というマヌケな姿の暗黒騎士は怖さもなにもあったものではない。
うん、全然、怖くない。
そんな男が仇だとか思いたくない光景だ。
子供特有の逞しい想像力のおかげか、はたまたセシルの誠意が伝わったのか、この一件以降、リディアは徐々にではあるがその態度を軟化させていった。
しかし本当の理由は永遠に闇の中、リディアだけが知る真実である。
リディアの愛くるしい唇から、うっとりとした小さなため息がこぼれた。
夢見る少女が見つめる視線の先には純白の衣を身に纏った美しい女性。苦難の末に愛した男と結ばれる日を迎えた世界で一番幸せな女性はいつにも増して輝き、リディアはその姿に見惚れていた。
「ローザ、本当にキレイねー…」
「まあ、花嫁だもんな」
リディアの傍にいるはずなのだが、彼女がローザに見とれるあまりにまるで空気なエッジは生返事で同意し、しかし直後に目元を引き締めて『おまえだって負けてないぜ』というここ一番の殺し文句を口にしようとした。
エッジにしてみればリディアを口説く絶好の機会であったのだが、不運な事に彼よりも、割り込んできた声の方が一瞬早かった。
「そうじゃろう、そうじゃろう。ここにくるまでどれだけ苦労したことやら」
「シドがこの婚礼の段取りをしたんだもんね、お疲れ様。ローザもセシルもとっても幸せそうだね」
祝いの席だろうとお構いなしにむさ苦しいヒゲ面のおっさんは、うんうんとうなずいている。我が子同然の二人の結婚を、誰よりも祝っているのはこの男であろう。多少やつれたものの、とても満足そうに笑っている。
王不在のバロンにあって不安や悲しみにうちひしがれる者は少なくはなかった。そんな者達を叱咤激励し、この日を迎えることができたのは、一重に彼の働きのおかげであり、来賓の者達の送迎も彼がやったのだから、まさに八面六臂の奮闘振りと表現できよう。
「あのドレスもどれだけ苦労したことやら」
「シドってドレスも縫えるの!?」
目を丸くするリディアの前で、シドは腹を揺らして笑ってみせる。エッジはと言えば、シドを恨みつつもタイミングを失って傍観者になり下がるばかりだった。
「帆を縫う事はあってもさすがにドレスはムリじゃわい。ワシが苦労したのはあのドレスのデザインじゃよ」
「あのドレスをデザインしたのはシドなんだ。素敵なドレスよね。派手すぎないで上品で、ローザにぴったり。私の服のデザインもお願いしたいな」
「んー、ちょっとそれも違うかの。ローザを止めるのに大変だったんじゃよ。なにせローザはあのドレスに、セシルの鎧とお揃いで角を付けるつもりじゃったからの」
「そう言えば普段のローザの肩にも角、付いてたよね。…ローザが角好きだなんて、知らなかった」
「動物のそれならともかく、人が角を付けるなんちゅうのは大抵は威嚇のためじゃろう。花嫁がそんな物騒なドレスを着るもんじゃないと説き伏せるのにどれだけ大変だったか…その努力の結晶があれじゃよ」
腕を組んで得意そうなシドは再びうんうんと頷きながらリディアと共に、優しく暖かなローザの魅力を最大限に引き出しているドレスをまとった花嫁を見守っている。
角がついた花嫁衣裳はそれはそれで斬新なデザインであり、一人の男の妻となると同時に王妃となるローザは新たな時代のファッションリーダーになったかもしれない。が、しかし、やはり角付きというのはないだろう。ただのドレスではなく、なにせ婚礼の為のドレスなのだから。
どこにつっこんでいいのか分からぬままで口にこそしなかったものの、内心でリディアはシドの働きをそれはそれは高く評価したのであった。
そして二人の会話を聞いていたエッジは、彼の国に伝わる花嫁装束の別名を思い出し、一人納得した。
「あれが本当の角隠しってやつか…」
気がつけば元の山頂に立っていたセシルは背後を振り向いた。
固く閉ざされた祠の扉は開いた形跡もなく、時間と風に弄ばれるままに錆びついて、とても来訪者を受け入れたとは思えない佇まいであった。何よりも、先ほどまで立っていた空間のあの広さがこの祠の中に存在するとは思えない。
「オイラ達、あん中にいたんだよな? ん~…ま、いっか! あんちゃんは聖騎士になれたし、めでたしめでたし、これでミシディアに凱旋できるぜ!」
「長老のおっしゃっていた通り、聖騎士になれたる方がいたなんて、驚きですわ。おめでとうございます、セシルさん。そのお姿、とてもステキですわ」
ポロムの言葉に照れ臭そうに笑ったセシルではあったが、はやり古びた祠の事が気になる。厳しいけれどもどこか暖かく、懐かしい雰囲気はいつ感じたものだろう。思い出せない事が、もどかしい。自分は確かにあの声を、気配を知っているはずなのに。
「メテオを覚えたワシと聖騎士が力を合わせれば、怖いものなしじゃな」
「おまけにこの天才児パロム様がいるからな!」
テラが重くうなずくと、大人の都合などまったく関係のないパロムが便乗して顔を出す。
「また、あんたって人は…!」
神秘的とも言うべき体験をしたにも関わらず、臆した風もない弟の減らず口を聞いたポロムがたしなめる為に、逃げるパロムを追いかける。まだ煮え切らないセシルを置いて、子供特有のすばしっこさを持つ彼らは転がるように山を降りて行ってしまった。
「往くぞ、セシル。敵はバロン城にいると分かっておるのじゃ、アンナの仇を取らずしてなんとする。いつまでもここでぼさっとしている暇はない。ほれ、子供達は先に行ってしもうたわい」
「うん…、そう、だね」
まだ後ろ髪を引かれながら、セシルは祠に背を向けて歩き出す。あの声は一体何だったのだろう。何かを知っている、あれは誰なのか…。更なる悲しみに包まれるとは、一体…。
立ち去る一向の気配を感じながら、小さく閉じてゆく意識の中、謎の声=クルーヤはどこか安堵していた。
セシルが己自身に打ち勝った事に対する喜びの他に彼にはもう一つ、暗黒騎士から聖騎士になれた事に対する嬉しさも感じている。父としてセシルを抱くことすらできなかった自分が最後にしてやれる事は、これから彼が歩むべき将来を憂いての開放だった。
『あのような無粋な兜で顔を覆うのではなく、顔を晒し、堂々と生きるが良い、セシル』
唯一つ、心残りを伝えられなかった残念さも僅かに感じながら、クルーヤの意識は力尽き、再び深い眠りへと落ちてゆく。
『試練に打ち勝ち私の血を継ぐ者と証明した我が息子よ、しかしそれは未来を決定着ける事に他ならぬ。我ら一族に与えられた時間は短く、現実は無慈悲に忍び寄る。聖騎士となった事で二度とは戻れぬ悲しみと向かい会う事となろうが、今はまだ、いや、今のうちにその姿を十分に謳歌するがいい。望むべきは、妻の血が濃くおまえに現れてくれる事のみ…そうでなければ長き友との別れの時間までいくばくもない。光の加護を受けると同時に失う物に悔いを残さぬよう、今のうちにその豊かな髪を風になびかせ、前を向いて歩むがいい……』
赤い翼兵士A
「行っちゃったか…セシルさんとカインさん、バロン切っての猛者が揃って城を留守にするなんてな」
赤い翼平成B
「あ、あそこで見送ってるの、ローザさんじゃないか? やっぱり辛そうな顔してるな…」
赤い翼兵士C
「ローザさんにしてみれば幼馴染を送り出すんだから、内心穏やかじゃないだろう」
赤い翼兵士B
「…あのさ、俺、今、隊長の世話回りをしているメイドと付き合ってるんだけどさ、彼女が昨日見ちゃったんだらしいんだ」
赤い翼兵士A
「勿体ぶるなよ、何見たんだ? おまえの彼女自慢なら後にしてくれよ」
赤い翼兵士B
「夜中、皆が寝静まった後に、ローザさんがセシルさんの部屋に行ったんだって。俺の彼女がセシルさんの明日の支度をしてからあそこを出ようとしたら、すれ違ったらしい」
赤い翼兵士A
「それ、本当か? 見間違いじゃないのか? そりゃローザさんはうちの隊長の事好きみたいだけど…」
赤い翼兵士C
「夜中って、それってまさか夜這いじゃあ…」
赤い翼兵士B
「丁度死角になってて、彼女の事にローザさんは気づかなかったらしいが、思いつめた顔して階段登っていったんだそうだ。階段の上はセシルさんの部屋しかないじゃん」
赤い翼兵士C
「ローザさんが夜這いとは信じられないが、隊長とカインさんは陛下の怒りに触れて放逐されたも同然だからな。おまけに幻獣討伐なんて危険な任務に二人だけなんて、いくら隊長達が強くても生きて戻れるかは分からない。それを思えば考えられない話でもないか。で、ローザさんのその後は聞いたのか?」
赤い翼兵士B
「それが、微妙なんだよ。ローザさんの様子が尋常じゃなかったから彼女も気になってその場でしばらく待ってたけど、やっぱりほら、男と女の事だからって言うんで帰ろうとしたらしいんだ。そしたら急にバタンって大きくドアを開ける音がして、その後ローザさんはわき目も振らずに走って行っちゃったんだと。何か泣いてるようにも見えたらしい」
赤い翼兵士A
「しばらく上にいた…」
赤い翼兵士C
「ローザさんが泣いてた…」
赤い翼兵士B「だから俺、すごく気になってるんだ。出歯亀なのは分かってるけど、下衆な勘ぐりしかできなくってさ」
赤い翼兵士A
「セシルさん、女の扱い上手くなさそうだもんなぁ…」
赤い翼兵士C
「ローザさんが夜中に隊長の部屋で…考えたらもやもやしてきた!」
赤い翼兵士B
「ローザさんが拒絶されたのか、セシルさんが変な事して逃げられたのか…服が乱れてたとかは気づかなかったらしい。あの二人だと痴話喧嘩ってのも想像できないし…ここだけの話しな、もし最後まで行ってたとしたら、隊長は相当早いらしいぞ」
赤い翼兵士A
「……据え膳食わぬは何とやらとは言うし、隊長だってれっきとした成人男子だもんな。何があっても驚きはしないが、しかし女って早くて泣くものか? 俺、自信ないけど泣かれた事なんてないぞ」
赤い翼兵士B
「いやいや、多分何もなかっただろうけど、もしもって話しだよ」
赤い翼兵士C
「やばい、俺、すっげぇ気になってきた。ローザさんと隊長の間に何があったんだよ!」
赤い翼兵士A,B,C
「…セシル隊長、俺達悶々としてるのは耐えられません、早く、一刻も早く戻ってきて下さいっ!」