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「ここに来て、兄さんと再び戦う事になるとは…」
一歩後ずさりしたセシルは、目の前に立ち塞がる黒き甲冑の肉親と対峙する事をためらうような言葉を吐き出した。だが、そんな言葉を受けてもゴルベーザの意向が揺らぐ事はない。掌を上に向けて突き出した手を自分の方へ手繰り寄せるように閉じ、セシルとの対決を望んでいた。その動きからは弟の力を試したがっているような、そして彼との決闘を楽しみにしているような気配すら伺える。
「さあ、来るがいいセシル、弟とは言え手加減はせぬ!」
「どうあっても引く気はないんだね…。仕方がない、これだけは使いたくはなかったけれど…仲間との絆、ここに示す! バッツ、君に教えてもらった技、今こそ役立たせてもらうよ!」
兄弟対決を避けられないと知ってか、うなだれていたセシルは暗黒の兜の下で目を閉じた。すると彼の身体は瞬時に聖騎士のものとなり、苦悩する素顔すらゴルベーザの目に触れる事になった。
決意の言葉を宣言したものの、顔を背け唇を噛み、兄と戦う事に対して未だ躊躇が見える弟をゴルベーザは鼻先で笑った。
「どうしたセシル、うなだれて敵から目を逸らすとはいい度胸…」
セシルを挑発する言葉が最後まで続く事はできなかった。
顔をあげたセシルがゴルベーザの顔を見つめたかと思うと、その瞼が気だるげに落ちたのだ。
「踊り子のアビリティ――いろめ!」
退廃的でいて、底には劣情を駆り立てるような壮絶な色気を含んだ視線がゴルベーザへと投げかけられる。弟とは言え、甘いため息のように背中に震えを走らせる妖しく潤んだ瞳を向けられてはゴルベーザとて堪ったものではない。
反射的にマントで顔を覆ったものの、ダメージを完全に回避できた訳ではなく、わずかによろける。元々男性的な雄雄しい部分が少なく中性に近いセシルだけに、その効果たるや凄まじいものがあった。弟だと分かっていても、いや、弟だと知っているからこそ、抗えない力がゴルベーザへと襲い掛かっていた。
「っ…おまえ、なんという…」
「僕は兄さんとは戦いたくはないんだ、だから…」
いろめの効果は既になく、左手を胸の前でぎゅっと握ったセシルは懇願するように哀しみの表情を浮かべるが、それですらもゴルベーザに対して追加ダメージを与えるのだから恐ろしい。
「ええい兄と呼ぶな、おまえをそんなふしだらな子に育てた覚えはない!」
マントを跳ね除け、うっかりダメージを食らった自分自身に喝を入れるようにゴルベーザの声が響く。が、それは逆効果でしかなかった。恫喝されて一瞬虚を突かれたセシルではあったが、表情はみるみるうちに不機嫌そうに曇り、頬を膨らませて上目使いに兄を睨む。
「顔を逸らしてそんな事を言われても説得力がないよ。第一、僕は兄さんに育てられた記憶はないもの!」
「うっ…うるさい! ええい、そこに座れ! 騎士たるものがそんな小手先の技で相手の動き奪おうとは言語道断、なんたる惰弱!」
地面を指差してセシルに言う事を聞くようにと注げるゴルベーザではあったが、セシルはヘソを曲げたのかつーんとそっぽを向いたままで唇を尖らせていた。その姿はまるで、反抗期の子供のようだ。
そんな二人を見ていたバッツ曰く「なんだ、あいつらってやっぱり兄弟仲いいんじゃん。でもセシルさ、実の兄貴に色目を使うのは倫理的にどうかと思うぞ?」
暗い空の下、ひとしきり叫んだ後でティーダは立ち止まり、心の整理をつけようと目を閉じて深呼吸をした。後から歩いてくるフリオニールの足音が近づいてくる――その音がすぐ傍まで来た瞬間、顔を上げたティーダは振り向いた。
「オヤジに会ったんだろう、フリオ。その――どう、だった? 強かったとかじゃなくってさ、もっとこう…」
「…俺には両親がいない。どう、と言われてもよく分からないが…いい親父さんだと思った。不器用で照れ屋だからうまく立ち回れないが、ティーダが自分と同じ力を身に付ける事を待ち望んでいる、そんな風に感じた。自分の成長をそんな風に思ってくれる人がいるっていうのは、羨ましいな」
「そっか…羨ましい、か。…恥ずかしいオヤジだけどな」
「恥ずかしいとはどういう事だ?」
「フリオはオヤジと一戦交えたんだろう?」
「そうだが、それがどうした?」
「あのさ、技出す時になんか叫んでなかった?」
「それは俺達も一緒じゃないのか? 実際にはキャプションが出るからそれで代用されているが」
「技の名前にいちいち自分の名前をつけるって所がめちゃめちゃ恥ずかしいんッス。ジェクトフラッシュにジェクトフィンガーにジェクトストリーム、おまけに『ジェクト様シュート3号』とか、その上を行く『雄大かつ素敵なジェクトシュート3号』ってのまであるし!」
顔をしかめながら頭をかきむしるティーダの心底嫌そうな言葉を聞いて、やっとフリオニールは事情を飲み込んだ。
「それは…確かに恥ずかしい父親だ」
「だろ! 俺もう、あれがイヤでイヤで…。マッチョな身体を見せ付けんばかりの格好だし…似合わないのは分かってるけど、俺としてはせめてマトモな服ぐらい着て欲しいんっス!」
肩をすくめて頭を左右に振ったティーダに、さすがのフリオニールも納得したようだ。全ての技に自分の名前をつけているとはなんて自己主張の激しさだと、改めて呆れてしまう。身内にそんなヤツがいたらと思うと、ティーダの反抗心がとてもよく理解できた。
これがオニオン位の年頃の子供ならば自己主張も可愛いで済むのだろうが、相手は30をとっくに越している大柄で筋骨隆々な野性味溢れるおっさんだ。強さと自信に裏づけされているからこそ技名にも己の名を付けているのだろうが、ティーダからしてみればそんな男が父親であるのだから、ジェクトの俺様っぷりにうんざりせざるを得ないだろう。
そのあたりを理解して内心でうんうんと頷いたフリーニールではあった。だがしかし、ふと「俺はもしかして、親子ののろけを聞かされているのだろうか」と気づくのだった。
そんな二人を高台から見つめる男が一人いた。漆黒の魔人、ゴルベーザ。彼は嘆くティーダの姿を見ながら、誰ともなしに一人呟いた。
「ジェクトよ…導く云々はひとまず横に置いておくとして、おまえが思うよりもずっと息子との壁は薄いようだぞ」
おかしいな、一緒に飛ばされてきたんじゃないのかなと首をひねりながらバッツは障害物の多い大地を歩く。
「ボコ~、おーいどこ行ったんだ~?」
周囲をきょろきょろしながら歩みを進めて行くと、物陰にいるチョコボの尻をやっと見つけて安堵したように駆け寄った。
だが、近づけばボコの前に誰かが立っているではないか。
よく見ればウォーリアオブライトがボコの頬の辺りに手を突っ込んで、顎の下から目の横にある耳の辺り一帯を掻いてやっているようだ。チョコボに限らず鳥は自分の足が届きにくい頬を掻いてもらうのが大好きなせいか、ボコは目を閉じてうっとり顔でライトの手に身を委ねている。
「ボコ、探したぞ。ライトに掻いてもらって気持ちいいのか、まったく呑気な奴だな~」
「これはバッツのペットか。随分と大きな鳥だな。羽の艶もあって美しいものだ」
「ペットじゃなくって、こいつは親友! …もしかしてライト、チョコボを知らないのか?」
「私の世界にはこんなに大きくて立派な鳥は存在しない」
驚くバッツの言葉を受けたライトは気持ちよさそうなチョコボを振り仰ぎ、堂々とした体躯の鳥を眩しそうに見つめる。
「こいつは飛べないけど、その代わりに馬みたいに乗って走れるんだよ。あれ、フリオやセシルはチョコボを知ってたけどなぁ?」
「私は彼らよりもずっと古い世界の人間だから、そのような事があるのかもしれない。他の者達に共通しているものが、私だけ欠けている事が多いようだ」
「へぇ~、世界が違うとそんなに違うのか。そういやクラウドの世界には海や山を渡れるチョコボもいるっていうし、基本的にこいつらは飛べないけど、飛べる黒チョコボやMPを回復してくれる白チョコボなんていうのもいるらしい。神の鳥なんて呼ぶ世界もあるってさ」
「穏やかな気性のようだし、随分と人と近い存在なんだな。ん?」
バッツと喋りながらもボコの頬を掻いていたライトに向かい、ボコが急に背中を向けた。どう言う事だろうかとライトが考える間もなく、バッツが一言。
「乗っていいってさ」
「…確かに鳥にしては足も太いが、本当に乗れるのか? 私は鎧を装備した身だぞ」
ボコの気持ちを通訳したバッツを驚きの表情で振り返ったライト。自分の胸に手を当て、軽装なバッツとは桁違いに頑丈な鎧を纏った己の恰好を告げるが、彼は天真爛漫な笑顔を顔いっぱいに浮かべていた。
「だいじょーぶ! ボコが俺以外を単独で乗せるって珍しいんだぜ、この際だし、乗っけてもらいなよ。ほっぺた掻いてくれたのと、さっき美しいとか立派な鳥って褒めてくれたお礼だってさ」
うろたえるライトに向かい、ちらちらと視線を送りながらもボコは彼の騎乗を待っている。そのボコに近寄ったバッツは相棒の首筋を撫でながら、ライトを誘うように残りの手を突き出した。
「ボコはやる時はやるけど、別に怖くないよ。1,2の3で乗って、ほら、ここ掴んで…あんまりきつくやると怒られるからな」
ボコの背中に恐々とまたがるライトに乗り方を指導してやると、いっちょまえのチョコボライダーの完成だ。数歩下がったバッツはどこかぎこちないライトの姿を見て、嬉しそうに手を叩いた。
「クエッ!」
まるでその拍手が合図だったかのように、高らかに一鳴きしたボコは張り切って走りだす。
「うわ!」
「危ない!」
ボコが急に走り出すとは思わなかったのだろう。ライトは突然の動きに対応できず、一瞬後には見事に振り落とされて地面に尻餅をついていた。
「いてて…」
「大丈夫か、ライト」
「ああ、少し尻を打ったが…随分と威勢のいい鳥なんだな。もう見えなくなってしまった」
「ちょっと張り切っちゃったかなー…。あいつ、悪気はないんだ」
痛みに顔をしかめたライトに手を差し出したバッツではあったが、実際に手を取ってライトが立ち上がると堪えきれないように笑い出した。ライトは笑われた事に対して気を悪くした様子もなく、困ったような笑顔を浮かべて、肩をすくめる。
普段は柔らかい表情を浮かべる事が少ないライトのそんな姿を目にしたバッツはまだ笑いの余韻を残しながらも口を開き、素直に謝った。
「ごめん、おかしかったってのもあるんだけどさ、ライトって何だか完璧すぎてちょっと近寄りがたかったんだ。今ので見方が変わったよ。ボコには感謝しなくっちゃな」
「確かに、他の者は私を少し異質な存在として見ているようだ。だが実際には皆が乗りこなすチョコボ一つ満足に乗りこなせないような人間だ。乗れないから異質なのかもしれないな」
「それも個性だけどさ、気になるなら特訓しようぜ。元の世界に戻れるまでどれだけの時間があるか分からないけど、ここで顔を合わせたのも何かの縁だしな」
「それは面白そうだな。…一時はどうしてこんな所に来たのか分からずにいたが、多分こう言う意味もあったのだろうな」
「え、チョコボに乗れるようになれって事か?」
「…いや、違うが、取りあえず今はそう言う事にしておくか。――さて、私が華麗なチョコボライダーになるべく、バッツにもボコにも協力してもらわねばな」
「そうこなくっちゃ!」
微笑むライトの意図は分からないままだったが、バッツは満面の笑みを浮かべて力一杯頷いた。
生まれも世界も違うけれど、自分達は一つの場所に集められた。ライトは使命感を強く感じていたが、バッツは「きっとこれは面白くて素敵な事だ」と信じて疑いもしていない。それがこの男のいい所であり、とかく真剣に考えがちなライトの気持ちを軽くしたという事には、まだ本人はちっとも気づかないでいる。